サメと働く現場より
5. 日本のサメ食文化の現状
5-1. 漁業~加工流通~消費
日本では、1980年代半ばに水産物の漁獲量が頂点に達した後、減少傾向が止らなくなりました。バブル期には減る水産物を輸入で補うという状況がみられましたが、それもバブル崩壊とともに縮小し、消費も減少傾向が止らない状況にあります。伝統的な魚屋が減り、スーパーマーケットが主流になり、女性の社会進出や住宅環境の変化により、内臓やうろこの除去、小骨など残渣の処理に面倒な水産物は、次第に家庭内調理の対象にされなくなってきたようです。
漁業者の数が減っていることに加え、水温の変化や漁場の変化から水揚げが安定しない魚は店頭から消えていくことになりました。店頭露出が減ると食べる機会も当然減ります。漁業者さんたちは、前浜で漁獲される魚種を様々な場面と理由で魚種を選別して漁獲していきます。価格が良い魚があれば、獲れる場所に操業場所を変え、深さを変えて合理的に漁業を行っていきます。何人かでチームを作り魚群を探したりもします。近年は、例年獲れる魚群が例年獲れる場所で獲れなくなったり、漁業者さんの数が減りチームを組むことが難しくなったり、需要が高い時期に獲れなかったりして、漁獲が安定しないことが多くなりました。安定供給ができないとなると、それを専門に扱っていた加工業者は他魚種に変更するか廃業かということになっていきます。加工業者が買わなくなり、消費が減ってオカネにならないと判断されると、漁業者も獲らなくなります。水産消費の分母が縮小すると水産消費ヒエラルキーの底辺に落ち着いてしまった「サメ食」は、水産消費ヒエラルキーの外に追い出される傾向が強まってきました。
上位魚種も生き残りをかけて宣伝を仕掛けてきますし、小売業者もかつての高級魚の価格が下落していることを背景に伝統食より「売りやすいもの」を集中的に販売するようになりました。それによって、店頭の露出機会が減っていくものは次第に「食べ方」も「伝統」も忘れ去られていくことになります。販売する人に知識がないと、消費者に教えることもできません。こうして「サメ食」は衰退していきました。
宮城県では「焼ざめ」の食文化があり、塩釜には十数社の「焼ざめ」加工業者がいましたが、昨年2020年をもってゼロになったという話を聞いています。青森県でも老舗の専門業者がどんどんやめていき、今や数件となってしまいました。弊社も経営がかなり厳しくなってきました。前述のとおり、弊社は2010年頃までは年間約600トンのサメを扱ってきましたが、ここ数年は半分程度になっています。
6. 世の中の変化
6-1. 環境保護団体
サメ漁業へのバッシングは、反捕鯨運動とリンクしながら1980年代からじわじわと始まっていたようです。WWFやグリーンピース、シーシェパード、ワイルドエイド、パンジアシードなど、サメとクジラの漁業に反対する団体は不思議に共通していることが多いです。マグロ漁にも批判的です。かれらのキャンペーン内容は、含有されている重金属の危険性を打ち出し食品利用に警告を出す、乱獲による絶滅を訴える、漁の残虐性を強調する等、サメやクジラ、マグロ漁に批判的な活動家たちの戦略は互いにどれも非常に似ています。
インターネットの普及に歩調を合わせるように、これらの活動は勢いを増していったと思います。さらに国際的な食品安全行政の分野にも広がっていきました。平成15年(2003年)6月、厚生労働省は妊婦などを対象にして、「水銀を多く含有する魚介類の摂食規制」を発表しました。対象魚は、クジラ類やサメ類、カジキ類、底魚類(キンメダイ、ユメカサゴなど)が挙げられました。2005年にはマグロが対象に加わりました(日本以外の国では最初からマグロも対象となっていました)。大手スーパーを中心に、店頭からこれらの魚が排除される事例が頻発しました(今では、妊婦教室にて摂食の指導が行われ、公開情報として新聞等に取り上げられることは少なくなりました。妊婦以外では、こうした魚の摂食は有益性のほうが多いからです)。2006年には映画「SHARK WATER」が封切られ、コスタリカの鮫漁を攻撃するシーシェパードの活動が取り上げられました。2008年には米国で「Whale Wars クジラ戦争」がテレビ番組で放映され、人気を博したようです。ここでもシーシェパードが取り上げられました。2009年に「The Cove」がアカデミードキュメンタリー映画賞を受賞し、世界中の注目が和歌山県太地町に集まりました。この映画にもシーシェパードが登場します。同時期に宮城県気仙沼の市場に元グリーンピースのカメラマンが潜入し、モウカザメの内臓割裁シーンを「残酷だ」と世界中に配信し、WWF香港では「フカヒレ禁止キャンペーン」が開始され、海運会社や航空会社に対してサメやクジラ製品の積載を拒否するように圧力がかかり始めました。弊社のフカヒレの取引先が、これらの動きに悲観して廃業しました。日本郵船やPIL、OOCL、EVERGREENといった海運会社が、フカヒレ製品の扱いをやめ始めました。韓国の会社だけが扱ってくれますが、こちらの足元を見てずいぶんな価格を提示してきます。日本ではフィニングは行っていませんし、サメ漁業は決して違法でもないので、せめて日本の海運会社はフカヒレを運んでくれても良さそうなものだと思いますが、どうなのでしょうか(2021年8月19日東奥日報に、三菱商事系の商社がフィニングした中国船から水産物を洋上で受け取って輸入していることが暴露されました。情けないです)。
話を戻すと、太地町にやってくるシーシェパードたちの行動は、太地町の住民に対し「変態」や「殺人鬼」などという言葉を吐きつけたり、漁業の妨害をしたりと、差別主義者の行動そのものでした。このありさまを取材したNHKの女性アナウンサーに対しても、対応したシーシェパードのスコット・ウェストが侮蔑的な言葉を吐き、そのアナウンサーが泣き出すということもありました。日本ではこういう動きに対し、「The Cove」の反論映画として、自主映画「Behind The Cove」がつくられたり、生中継でシーシェパードのポールワトスン代表と議論するTV番組がつくられたりしました。徐々に過激な環境保護団体の活動に対し、おかしいではないかという意見が一般化されるようになっていきました。
これら環境保護団体NGOのキャンペーン活動は多岐にわたりましたが、単なるNGO活動にとどまらず、行政面に影響を及ぼすような課題にも発展していったものもあります。アニマルウェルフェア(動物福祉)や資源管理です。
6-2. 資源管理認証、国際認証、国際標準
資源管理を強調する研究者の中には、腰の重い日本の水産行政に嫌気がさしたのか、坊主憎けりゃ袈裟までとばかりに、日本人に差別的行動を取るNGOに対してもシンパシーを抱くような発言をする人もいたようです。アブラツノザメの漁獲量が1950年に全国で6万トン近くあったものが、2000年には3000トン程に少なくなったことをもって、「乱獲による絶滅危惧種」と騒ぐ人たちもあらわれました。私はサメ加工品を2008年から展示会に出すようになりましたが、必ずその手の人が現れて、絶滅危惧種を商品にしてよいのか?という質問を受けるようになりました。これをきっかけに、資源管理に興味を持つようになり、私は2012年に、三厩漁協の鮫漁についてMEL JAPAN(マリン・エコラベル・ジャパン)の加工流通段階認証を取得しました。もともと青森県三厩漁協と大間漁協では、サメ漁について独自の資源管理体制を敷いており、それぞれのサメ部会において、休漁日の設定や一隻当たりの漁獲制限(大間)、1.5kg未満の小型魚の放流を実施していたので、認証も比較的スムーズに取得できたと思います。唯一、漁業者の方々は漁獲記録をつけるという作業に不慣れなため、このことは第三者認証制度にうまく合致できづらい点として挙げられました。認証は取得したものの、商売にそれを生かして販売量が増えるということは全くありませんでした。HACCPのように法制化されているわけではないので、業者は義務として資源管理されたものを扱わなければならないということはありません。消費者も、資源管理にまじめに取り組んでいる漁業者の生産物だからとMEL製品を高く買ってくれるわけでもありません。日本の消費傾向には、多少ややこしいことがあっても商売のために目をつぶるという傾向があります。「認証制度」取得のためには審査費用が掛かり、取得後には更新費用も掛かります。これらの費用を十分に補っていくだけの利益を得られず、さらに法的な後ろ盾もないことがネックとなり、「資源管理認証」を行っていく意欲が徐々に薄れていきました。さらに、MELの認証が国際規格に合っていないというクレームが度々なされて認証基準が難しくなってしまったことや、審査費用がさらに高額になったこともあり、2020年に認証更新を断念しました。
資源管理認証は、大規模漁業の資源に与える影響を危惧してできたものであるというのが私の認識です。大規模な漁業は、巨大な工場のような船が魚の群れを大量にまとめて漁獲します。巨大な船の船倉をいっぱいにするまで獲ってくることが船頭の仕事です。そうなると資源の状況がどうであれ、船の能力のでかいものが獲り尽していくという構図が生まれます。それが、小規模の沿岸漁業の不漁や資源の枯渇、産業の縮小、景気の悪さに影響を与えることになります。漁業認証の代表格であるMSC(Marine Stewardship Council)は、大西洋の鱈が大規模漁業によって全く漁獲されなくなってしまったところから始まったとされています。「資源管理認証」は、そもそも大規模漁業を対象に行われるのが筋と私は考えています。
6-3. CITES Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora(絶滅の恐れがある野生動物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約会議))
実際の経済活動と健康に影響を及ぼす国際的な取り組みがFAOであるのに対し、CITESは生物を絶滅から守るという目的、具体的には特定種の国際的取引貿易を規制することによって目的を達成することを目標としています。貿易対象となっており、特殊な思想の排除対象になっているものだと、様々な理屈をつけられて規制対象にされてしまいやすい国際的な条約です。象牙の規制が最近では有名です。「進歩的な」環境保護団体は、FAOではなくてCITESがお好みのようです。このCITESに日本周辺のアブラツノザメは2007年と2010年の二回規制対象候補に挙げられました。北西太平洋のアブラツノザメの資源調査が実施されていないという理由だけで、雌成魚の減少率が95%と「断定」しているものでした。2010年に国際水研の中野秀樹先生にご相談して、アブラツノザメの資源調査をお願いしました。翌年から東北水研の服部努先生と矢野寿和先生が弊社に調査に来られるようになり、本格的な調査は2012年から、標本を使ったより精度の高い調査は2013年から行われました。日本では乱獲状態ではないとされています。 *18
海外の状況をみても、米国では資源が良好もしくは乱獲ではないと考えられているようです *19。
しかしながら、多くのインターネットサイトでは、IUCNの情報の一部を切り取って絶滅の恐れがあるいうメッセージを流しています。