上越地域のサメ食文化に関する授業の提案
<執筆者要約より>
-目次-
1. はじめに
文部科学省 1)は主体的・対話的で深い学びの実現のために児童生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、必要な人的・物的体制の確保を行い、教育活動の質を向上させることが重要であると述べている。また、中学校社会科地理的分野においても社会的事象の地理的な見方・考え方を働かせるためには地域に見られる課題を把握し、解決に向けて選択・判断することが求められるとしている 2)。以上より、中学校社会科地理的分野において地域の人的・物的体制を確保し、地域に見られる課題の解決に向けて選択・判断することは重要であると言える。
しかしながら、農林水産省 3)は「近年の少子高齢化や地域社会とのかかわりの希薄化、また、食のグローバル化が進む中で、地域に伝わる優れた伝統的な食文化の保護・継承に危機感を持たざるを得ない状況」と述べている。このことより、地域の物的体制である伝統的な食文化を保護・継承していくことは喫緊の課題であると言える。
地域に伝わる伝統的な食文化の1つとしてサメ食文化がある。畦 4)はサメが主に東北地方と近畿以西の西日本で食されているとし、全国で最も多くサメが利用されている東北地方と次いで利用事例の多い中国地方のサメの食習慣の比較を行った 5)。その結果、東北地方では沿岸部と内陸部双方で利用し、主にサメを加熱料理として食していたことに対し、中国地方では山間部で多く利用され、主に生食で食しているということが明らかとされている。山間部への運搬は長時間を要するにもかかわらず、サメが生食されている理由として山崎 6)は、サメ肉には尿素が著しく高い濃度で含有されており、鮮度が低下すると尿素がアンモニアに変化する。そのアンモニアが腐敗を遅らせることで、漁獲後1~2週間経過したサメを刺身(生)でも食べることが可能となると述べている。このようなサメの特徴から広島県口和町では海浜から遠い山間に位置しているにもかかわらず、明治時代から主に秋祭りや正月などのハレの食事としてサメが刺身で食されてきた 7)。
しかし、升原 8)が「家庭から次第に姿を消しつつあることは否定しがたい」と述べるようにサメ食文化が衰退しているという現状があり、サメ食文化の保護・継承は課題となっている。
上越地域においても伝統的な食文化としてサメが食されてきた。上越地域のサメ食文化の起源について丸山 9)に「浦々ニ四時在。冬月多ク、捕テ漁人ノ利トナル事鰮ニ亜リ」と記され、越後の沿岸にはサメが1年中生息し、冬の期間に多く水揚げされていたことがわかる。また、田中 10)によると上越地域でサメ食が定着した経緯として高田藩が長崎唐人貿易のためのフカヒレを大量に生産していたため、領民が残った“サメの肉”の部分を食べていたとしている。
近年の上越地域のサメ食について森 11)は、上越地域で食されているサメの種類はモウカザメ(標準和名:ネズミザメ)とボウザメ(標準和名:アブラツノザメ)、ヨシキリザメの3種類であるとし、主な調理法としては煮物、雑煮、煮凝り、ぬた(酢味噌和え)、焼き物であるとしている。このように、森 12)は上越地域のサメ食の概要に言及しているが、課題としてサメの細やかな流通過程について明確にすることを挙げている。
そのため、本稿においては上越地域におけるサメ食文化の現状について流通過程を中心に明らかにし、地域の伝統的な食文化の保護・継承に向けた授業案を提案することを目的とする。なお、本稿においては、上越地域で食されている3種類のサメのうち、より多くの地域で食されており、調理方法も多様であるモウカザメを題材として扱う。
2. 上越地域におけるサメ食文化の現状
(1) 魚市場の地域別入荷割合
上越地域におけるサメ食文化の現状を明らかとするため、第1に魚市場の地域別入荷割合を参照する。なお、本稿では上越市の地方卸売市場株式会社一印上越魚市場の地域別入荷割合の分析を行う(図1)。
分析の結果、一印上越魚市場に入荷されているモウカザメのうち93.6%が宮城県からの入荷であることが明らかとなった。それに対し、新潟県は宮城県に次いで入荷割合が大きいにもかかわらず入荷割合は3.2%にとどまっている。そのため、上越市で販売されるモウカザメの大半は宮城県で水揚げされたものであると推察される。前項にて述べたように過去には新潟県沿岸ではサメが1年中生息し、冬の期間に多く水揚げされていたが 13)、近年は、森 14)が述べるように「近海産が減少してるため、三陸(気仙沼)産もしくは北海道産を移入して需要に充てている」ということが明らかとなった(図1)。

(2020.12.27 筆者撮影)
(2) スーパーマーケットの地域別販売量
第2に、スーパーマーケットでの地域別販売量の分析から、上越地域におけるサメ食文化の地域性について明らかにする。なお、本稿では上越地域で計21店舗を有するアクシアルリテイリング株式会社原信ナルスの店舗別サメ販売量を分析対象とする(表1)。分析の結果、店舗別販売量の上位は妙高地区(黄緑)、高田地区(青)に位置する店舗が多いことが示された(図4)。また、地区別販売量は高田地区が269.9㎏(店舗あたり約38.6㎏)、妙高地区が189.7㎏(店舗あたり約63.2㎏)、直江津地区が67.8㎏(店舗あたり22.6㎏)、大潟・柿崎地区が20.0㎏(店舗あたり10.0㎏)、頸城・浦川原地区が10.0㎏(店舗あたり10.0㎏)、柏崎地区、糸魚川地区が0㎏(店舗あたり0㎏)であった。このことから上越地域において、高田地区、妙高地区ではよりサメ食文化が継承されていることが明らかとなった。以下、高田地区(平野部)、妙高地区(山間部)でサメ食文化が継承されてきたことの背景について推察する。高田地区では、前項で述べたように高田藩の長崎唐人貿易のためのフカヒレを生産する過程で残った“サメの肉”の部分を食べていたこと 15)が考えられる。一方、妙高地区は上記の理由に加え、サメ肉の特徴 16)により、山間部の貴重なたんぱく源としてサメが食されていたことが推察される。
高田地区、妙高地区と反して、柏崎地区、糸魚川地区ではサメの販売が確認されなかった。この結果から上越地域におけるサメ食文化が根差している地域は糸魚川以東、柏崎以西であり、主に山間部を中心とした食文化であることが推察される。


(2020.12.27筆者撮影)
高田地区(青) | 1. 原信春日山店 2. 原信四ケ所店 3. 原信土橋店 4. ナルス北城店 5. ナルス鴨島店 6. ナルス南高田店 7. ナルス高田西店 |
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直江津地区(オレンジ) | 8. ナルス国府店 9. ナルス上越インター店 10. ナルス直江津東店 |
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妙高地区(黄緑) | 11. 原信新井中川店 12. 原信美守店 13. ナルスせきやま店 |
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大潟・柿崎地区(黄) | 14. ナルス柿崎店 15. ナルス大潟SC店 |
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頸城・浦川原地区(赤) | 16. ナルス浦川原店 | |
柏崎地区(紫) | 17. 原信柏崎東店 18. 原信岩上店 19. ナルスキャンドゥ西山店 |
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糸魚川地区(緑) | 20. 原信糸魚川東店 21. ナルス能生町店 |

青:高田地区 オレンジ:直江津地区 黄緑:妙高地区 黄:大潟・柿崎地区 赤:頸城・浦川原地区 紫:柏崎地区 緑:糸魚川地区
3. 授業案
単元は中学校社会科(地理分野)「地域のあり方」全10時間の授業を想定し、作成する。また、単元の目標は「上越地域でサメ食が受け継がれてきた理由を土地や人々のくらし、歴史的背景から捉え、今なおサメ食文化を大切にしている人々の『サメ食に対する想い』を考え、上越の食文化を大切にしていこうとする態度を育む。」とした。以下、学習指導計画を掲載する。
単元名
上越地域に伝わる伝統的な食文化の歴史を知り、次の世代に受けついでいく伝道師となろう
(C 日本の様々な地域 (4)地域のあり方)
単元の目標
上越地域でサメ食が受け継がれてきた理由を土地や人々のくらし、歴史的背景から捉え、今なおサメ食文化を大切にしている人々の「サメ食に対する想い」を考え、上越の食文化を大切にしていこうとする態度を育む。
知識及び技能 | 思考力、判断力、表現力等 | 学びに向かう力、人間性等 |
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・サメ食文化が受け継がれてきた理由を自然環境や人々の生活、歴史的背景など様々な視点と関連付けて考えることができる。 ・サメ食文化の現状を捉え、課題について理解することができる。 |
・サメ食文化が受け継がれてきた理由や人々の思いをもとに食文化を受け継いでいく意味について考えることができる。 ・自然環境や人々の生活、歴史的背景など様々な視点からサメ食文化を捉え、今なおサメ食文化を大切にしている人々の「サメ食に対する想い」について考えることができる。 |
・班のメンバーと協力しながら食文化の維持についての課題を追求しようとする。 ・自分の立場や視点を明確にして、上越地域で「サメ食が受け継がれている」ことの意味や価値を捉え、主体的に課題を追求しようとする。 |
指導と評価の計画(全10時間)
時 | 小単元名 |
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第一次① | 上越地域に伝わる伝統的な食文化とその課題を調べ、整理しよう |
第二次②③ | 上越地域に伝わるサメ食文化の歴史と現状を調べ、課題を整理しよう |
第三次④⑤⑥ | 上越地域のサメ食文化の継承に向けた活動を知ろう |
郷土料理研究家の方へインタビュー調査をしよう | |
郷土料理研究家の方の活動をまとめ、食文化の継承のためにできることを考えよう | |
第四次⑧⑨⑩ | 上越の伝統的な食文化を伝えるPR動画を作成しよう |
互いの班が作成した上越地域の食文化継承に向けたPR動画を観賞しよう |
4. おわりに
本稿では、上越地域におけるサメ食文化の現状について流通過程を中心に明らかにし、地域の伝統的な食文化の保護・継承に向けた授業案の提案を行った。
上越地域のサメ食文化は江戸時代に高田藩が輸出のためのフカヒレを生産する過程で残った“サメの肉”の部分を食べていたことが起源とされ、その食文化が現在も継承されている。しかし、現在は少子高齢化や地域社会とのかかわりの希薄化、食のグローバル化が進む中で少しずつ衰退していることから、伝統的な食文化であるサメ食文化の保護・継承は喫緊の課題となっている。
本稿で示した授業案のように、生徒たちが地域の食文化の現状や課題を調べ、保護・継承すべく、主体的に追求・解決しようとする学習活動は、地域社会に対する誇りと愛情へとつながると考えられる。この地域社会に対する誇りと愛情は、文部科学省 17)が育成をめざす「我が国の国土に対する愛情、世界の諸地域の多様な生活文化を尊重しようとすることの大切さについての自覚を深める」ことにつながると言える。
ここに掲載の図表については、論文をもとに作成。
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文献〔註〕
1)文部科学省.“中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 総則編”.2017.
2)文部科学省.“中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編”.2017.
3)農林水産省.“地域の伝統的な食文化の保護・継承のための手引き”.
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/shoku_bunka_27tebiki.html(閲覧 2023.4.25).
4)畦五月.近現代におけるサメの食習慣.日本調理科学会誌.2015,48(4),308-319.
5)畦五月.東北地方における近現代のサメの食習慣に関わる要因について 中国地方と対比して.就実論叢.2015,45,301-312.
6)山崎妙子.ワニ料理.日本調理科学会誌.1996,29(2),155-159.
7)升原且顕.広島県におけるサメ食慣行の伝承に関する考察-口和町の「ワニ」料理を中心に-.立命館地理学.2005,17,101-115.
8)前掲 7)
9)丸山元純良陳.越後名寄巻第二十四後,今泉省三・真水淳編.“越佐叢書 第十六巻”.野島出版.1980.
10)田中一郎.“越後いろざと奇聞”.新潟日報事業社.2005.
11)森俊.地域の和食 生き物を活かす知 サメ:新潟県上越市域 近海産が減少しても根強く残るサメ食文化.BIOSTORY:生き物文化誌.2018,29,74-76.
12)前掲 11)
13)前掲 9)
14)前掲 11)
15)前掲 10)
16)前掲 6)
17)前掲 2)
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