発酵の視点から見た上越サメ食文化の研究
6.課題と考察
本研究を通して、上越サメ食文化の特徴の一端を明らかにしたが、ここではその課題点について検討した。
上越地域におけるサメ食文化の歴史的背景としては、江戸時代の長崎唐人貿易において、「俵物三品」の1つであるフカヒレの生産において残ったサメ肉を、領民がごちそうとして食べたことが重要なきっかけであったことが確認できた。しかしながら、それ以前の時代における状況については、信憑性の高い情報を得ることができなかった。弥生・古墳時代から続く上越地域の歴史の中で、サメ食文化がどのように変遷をしてきたかを明らかにすることは興味深い課題といえる。遺跡の発掘調査や古文書の解読が進み、サメとの関連の深い事実が明らかになることを期待したい。また、サメ食文化が上越市から妙高市に至る限られた地域で発展した背景には、旧北国街道が関係していると思われるが、その証拠となる情報が得られることにも期待している。
現在、上越地域で流通しているサメの多くは、「ネズミザメ」であるが、その主産地は、三陸(気仙沼)であることを確認することができた。すなわち、サメ食文化は残っているものの、サメ自体は上越以外の地域で漁獲されているという相反する状況にある。しかしながら、他都道府県のサメ食文化と比較した場合、共通点も認められる一方で、12月27日に毎年恒例で行われるサメの競りや、郷土食としての煮凝りなどは、上越ならではの特徴的なサメ食文化と考える。また、アンケート調査、市場の見学・調査、学校給食の見学からは、サメ食文化は、上越地域の人にとっては、貴重な食文化であり、それが上越地域以外から来た人にとっては印象的ものになっていることが改めて確認された。したがって、産地と消費地が異なるといった課題は残るものの、継承すべき食文化であることに変わりはないものと考える。
日本各地のサメ食文化に関する資料を調査する過程で、サメには標準和名に加えて、様々な地方名があることも確認できた。例えば、サメ自体のことを「フカ」や「ワニ」、「ネズミザメ」のことを「モウカ」「カトウサメ」「モロ」と呼ぶ地域がある。ただし、地方名の語源、由来、標準和名との対応については明確になっていない点があるため、国語をはじめとする言葉を扱う教科における探求課題としての活用に期待がかかる。
サメ肉からアンモニア臭を発生する要因について改めて調査した結果、サメ肉の表面に付着した微生物による尿素代謝が原因であることが確認された。すなわち、これはサメ肉のアンモニア臭が発酵(微生物)により生じていることを示すものである。この事実は以前から知られていたにもかかわらず、これまでサメ食文化と発酵とを関連付けて解説した例は見当たらない。サメ肉のアンモニア生成に関する今回の再発見・再認識が、サメ食文化の研究に新たな進展をもたらすことを期待したい。
先述したように、農林水産省の消費・安全局が行った「食に関する意識調査」の結果は、食文化の保護・継承における学校教育の重要性を改めて示唆するものであった。今後、家庭科などの授業や給食の時間においては、授業者が一方的に食文化についての情報を伝えるのではなく、児童・生徒が主体的・対話的な学びを通して食文化について考え、その課題の解決に向かっていくことが重要になると考える。そこで、本研究で得られた情報や明らかになったことは、学校現場における授業実践に反映できるものと考えている。新潟県の中でも上越という限られた地域で根付いたサメ食文化の歴史や現状を学ぶことや発酵の知恵が活かされていることを探求することは、児童・生徒が自らの生活をより良くしていこうと考えていく際のヒントになりうるだろう。特に、発酵と関連させた授業実践は、他の魚にはない、サメ(軟骨魚類)ならではであることから、今後、広がりを見せることができると考える。
これらのことを踏まえ、本研究で明らかになったサメ食文化の課題の解決を目的とした授業実践例についての検討を行った(図6-1)。特に、食文化については教科等横断的な教材としての活用が期待できるため、その視点を加味して検討を行った。
「教科等横断的な視点」について、学習指導要領では、以下のように定義されている 1)。(小学校学習指導要領(平成29年告示)からの引用であるが、中学校学習指導要領(平成29年告示)と高等学校学習指導要領(平成30年告示)も「児童」が「生徒」に変わっている以外は同じ内容である
2) 3)。)
2 教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成
(1) 各学校においては、児童の発達の段階を考慮し、言語能力、情報活用能力(情報モラルを含む。)、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力を育成していくことができるよう、各教科等の特質を生かし、教科等横断的な視点から教育課程の編成を図るものとする。
(2) 各学校においては、児童や学校、地域の実態及び児童の発達の段階を考慮し、豊かな人生の実現や災害等を乗り越えて次世代の社会を形成することに向けた現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力を、教科等横断的な視点で育成していくことができるよう、各学校の特色を生かした教育課程の編成を図るものとする。
(2)に書かれている、「現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力」には「健康・安全・食に関する力」も含まれている。さらに、具体的に教科等横断的な教育内容の構成例は、「学習指導要領解説 総則編」の付録6に示されている。これらの内容を踏まえ、授業実践について検討した。
〈図の解説〉
図は、サメ食文化における課題解決を目的とした授業実践の例である。まず、主体的・対話的な学びの中心となる「歴史」「携わる人たち」「発酵」の3テーマを決め、それぞれの探求課題例を設定した。なお、「歴史」「携わる人たち」は、小・中学校の家庭科、「発酵」は高等学校の家庭科(家庭基礎、家庭総合)における教科等横断的な実践を想定している。
「歴史」の探求課題例は、「サメ食文化の歴史及び地方名の調査と整理」としたが、小学校及び中学校学習指導要領(下記)を踏まえた上で 4) 5)、活動内容を検討している。家庭科以外の関連する教科として、ここでは「国語」と「社会」をとりあげている。国語では、小学校の第1学年及び第2学年で、神話などの読み聞かせを聞く活動を通して、伝統的な言語文化に親しんだり、第5学年及び第6学年で、方言と共通語の違いについて学習する 6)。また、社会では、第3学年で身近な地域(市)について学習したり、第6学年では日本の歴史について学習したりする 7)。小学校段階で体験・学習した内容を、中学校段階の活動につなげることができると考える。
「携わる人たち」の探求課題例は、「上越サメ食文化の保護・継承に携わる人々の思い」としたが、学習指導要領(下記)においては 4) 5)、「自分の住む地域の食文化について理解すること」「食事には文化を伝える役割があることを理解すること」等が求められている 8)。小学校段階では、生魚を扱う調理実習を行うことは出来ないため、中学校での実践になるが、サメ料理を食べる経験や作る体験は、地域の食文化について考えるきっかけになると考える。関連する教科として、「道徳」と「社会」をとりあげているが、道徳では、小学校から中学校まで、「伝統と文化の尊重、郷土を愛する態度」について考えることが学習指導要領の内容項目に含まれている 9) 10)。また、社会では小学校の第3学年で、生産や販売の仕事について学習したり、第5学年では水産業における食料生産について学習したりする 7)。上越地域のサメ食文化は、漁師、魚市場で働く人、スーパーマーケットで働く人、郷土料理研究家の人など、様々な人たちの協力のもとに成り立っており、その根底には郷土愛が存在している。調理実習を道徳と社会の内容と関連させることで、より深い学びが可能になるものと考える。
「発酵」の探求課題例は、「発酵への関心を深め、上越地域のサメ食文化の保護・継承に向けての取り組みについて考える」としたが、高等学校学習指導要領(下記)においては 11)、「地域の食材を活用した献立を作成すること」「調理実習を行う際は、和食や地域の食文化についても調べること」「古くからの食文化に蓄積された知恵や経験について考察し、工夫できること」等が求められている 12)。関連教科として、「科学と人間生活」をあげたが、サメ肉におけるアンモニア生成の仕組みについて、微生物の働きを中心に学習できるため 13)、その知見を、続く探求学習において学術的に発展できるものと考える。
小学校学習指導要領(平成29年告示) 第8節家庭 第2各学年の内容
B 衣食住の生活
(1) 調理の基礎
ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(オ)伝統的な日常食である米飯及びみそ汁の調理の仕方を理解し、適切にできること。
中学校学習指導要領(平成29年告示) 第8節技術・家庭(家庭分野)
B 衣食住の生活
(3) 日常食の調理と地域の食文化
ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(ア) 日常生活と関連付け、用途に応じた食品の選択について理解し、適切にできること。
(イ) 食品や調理器具等の安全と衛生に留意した管理について理解し、適切にできること。
(ウ) 材料に適した加熱調理の仕方について理解し、基礎的な日常食の調理が適切にできること。
(エ) 地域の食文化について理解し、地域の食材を用いた和食の調理が適切にできること。
高等学校学習指導要領(平成30年告示)第9節 家庭 第2款 各科目
第1 家庭基礎 2内容 B衣食住の生活の自立と設計
(1) 食生活と健康
イ 食の安全や食品の調理上の性質、食文化の継承を考慮した献立作成や調理計画、健康や環境に配慮した食生活について考察し、自己や家族の食事を工夫すること。
第2 家庭総合 2内容 B衣食住の生活の科学と文化
(1) 食生活の科学と文化
ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(ア)食生活を取り巻く課題、食の安全と衛生、日本と世界の食文化など、食と人との関わりについて理解すること。
イ 主体的に食生活を営むことができるよう健康及び環境に配慮した自己と家族の食事、日本の食文化の継承・創造について考察し、工夫すること。