論文 2025/03/19   2025/03/20    竹渕 泉

発酵の視点から見た上越サメ食文化の研究

5.発酵の視点から見た上越サメ食文化

5-1.アンモニアと保存

生鮮食品であるサメの保存に関しては、多くの興味深い情報が得られている。特に、サメ肉から生ずるアンモニアが腐敗を遅らせたことと、サメ食文化との関係性はきわめて重要なものと思われる。具体的な情報としては以下のようなものが得られている。
「以前、冬になり雪が降ると、雪穴を掘って保存をしていました。頚南地区(山間部)ではアンモニア臭がするまで放置しておいて、料理に使用していたという記憶があります。」「臭気は強くなるのですが、逆にアンモニアが雑菌の繁殖を防ぐため、塩漬けや干物などに加工しなくても、特に冬場は生魚のままでもある程度の日持ちがします。このため、冷蔵技術が発達する以前の時代には、海から離れた中山間地域に住む人々にとって、サメは魚本来の味を味わうことのできる重宝な魚でした。」さらには、「昔は年末に買ってきたサメを雪の中に埋めて置き、年末から小正月にかけて少しずつごちそうとして食べたそう。」とのことである 1) 2) 3)

5-2.サメ類の浸透圧調節とアンモニア代謝

サメが属する軟骨魚類は、独自の浸透圧調節システムを持っている点が特徴である。仲谷 1)は魚類の浸透圧調節について「硬骨魚類では、血漿(血液中の液体成分)の浸透圧は海水の約1/3しかない。したがって、海水にすむ硬骨魚類は3倍も濃い水の中で生活をしていることになる。このため、浸透圧作用で体から常に水分が失われていて、日干し状態になる危険がある。だから、海産硬骨魚類はいつも海水を飲んで水分を補給しなくてはならないわけだ。」と述べている。 また、軟骨魚類に関しては「一方サメ類(軟骨魚類)の血漿中には多量の尿素やトリメチルアミンオキサイド(TMAO)という物質があり、血漿の浸透圧は海水の浸透圧よりも少し高くなっている。したがって、サメ類の体には水が入ってくるので、逆に水を排泄する必要がある。」と、その特徴について解説している。
続けて、「また、サメの血液中にある尿素は海水には入っていないので、今度は尿素が体から失われてしまうことになる。窒素分の老廃物は主にアンモニアだが、毒性が強いため体内では毒性の低い尿素に変換され、体外に排出される。しかし、サメ類は腎臓で排泄される尿素の大部分を回収し、再利用するわけだ。」と、軟骨魚類においては尿素が重要な役割を果たしていることについても説明している。つまり、サメは体内に尿素を蓄えることで浸透圧環境を一定に保っていることになるが、海中にいるこの段階ではアンモニアは発生していない状況である。

サメ肉におけるアンモニアの発生は、生きている時に浸透圧調節のために体内に蓄えた尿素が、漁獲後、尿素分解酵素(ウレアーゼ)を産生する微生物の増殖によって生ずるものである 2)。清水と大石 3)の研究から、サメ肉のアンモニアの発生には2段階あることも明らかになっている。
漁獲後のサメ肉を無処理肉と防腐肉の2種類用意し、6~10℃に保存し24日間のアンモニア窒素量を測定したところ、防腐肉については微生物の繁殖が抑えられているため、アンモニアの増加も見られなかったが、無処理肉のものについては8日目頃から急激な増加を示し、数日間一定値をとった後、再び、急激な増加を示した。なお、2段階目の増加は、アンモニア臭以外の腐敗臭を発しており、第1段階目のアンモニア発生は、2段階目の通常の腐敗とは、明確に区別されるべきものであるとしている。サメ食文化において重要となるのは、第1段階目ということになる。

5-3.発酵の視点から見た上越サメ食文化

発酵食品とは、一般的に食品が微生物や酵素の働きによって次第に味やにおい、外観などが変化した食品のことである 1)。発酵と腐敗の区別は、食品や微生物の種類、生成物の違いによるのではなく、人の価値観に基づいて、人間生活に有益な場合を発酵、有害な場合を腐敗と呼び分けているに過ぎない 1)
生鮮食品である魚は捕獲した後、鮮度が落ちていき、やがて腐敗がはじまるため、何らかの形で保存する必要がある 2)。特に、冷蔵が一般的でなかった時代において、発酵は魚を保存するための重要な手段であったと思われる。日本各地に見られる魚の「ぬか漬け」や「なれずし」は、その一例である。
軟骨魚類(板鰓類)に着目すると、韓国には「ホンオフェ」、アイスランドには「ハカール」といった発酵食品が存在する。「ホンオフェ」は世界で2番目に臭い食べ物とされており、韓国の全羅南道、木浦(モッポ・モクポ)市の郷土料理である 3)。作り方は、「ガンギエイ」を捕獲後、すぐに瓶か壺に入れ、そのまま放置するだけとのことである 4)。発酵させる期間は1~2週間や10日間との情報が多く、先述のサメ肉の場合に当てはめて考えると、第1段階目のアンモニアが発生した時点のものを食べているものと推測される。一方、「ハカール」は、ヴァイキング時代(800~1050年頃)から食べられている発酵食品で、「オンデンザメ」を用いて作るとの情報がある。
日本では、「ホンオフェ」や「ハカール」に相当する発酵食品は見当たらない。しかし、サメ肉がアンモニア臭を発生する要因となっているのは、表面に付着した微生物のウレアーゼによる尿素代謝である。サメ肉自体に含まれているのは尿素であり、それ自体は無臭である。微生物により生じたアンモニアの影響で、雑菌の繁殖が抑えられ、結果として、サメ肉は日持ちをするわけであり、これは発酵による恩恵とみなすことができるのではないだろうか。
これまで、サメ食文化を発酵という現象と関連付けて分析・解説した例は、全国的に見ても皆無である。すなわち、本結論は、サメ食文化の科学的背景についての再発見・再認識ととらえることができるのではないだろうか。また、先述の通り、上越市は「発酵のまち」として地方創生を試みているところであるが、日本酒、ワイン、味噌といった従来の発酵食品に、サメ料理を加えることが可能になり、結果として、伝統的なサメ食文化が「発酵のまち」上越のPRにも一役買うことができるものと期待している。

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